• 記事を共有する

INTERVIEW インタビュー

3DCGの夜明け
日本のフルCGアニメの未来を探る〜

【第25回/2016年4月号】
堤大介氏(アニメーション監督)

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。今回は、初監督短編『ダム・キーパー』で世界中の国際映画祭で20以上もの賞を受賞し、アカデミー賞短編アニメーション部門ノミネートも果たした堤大介氏にご登場いただく。渡米後に経験したアメリカのCGクリエイティブの様子から、教育や情熱についてまで、多岐にわたって語っていただいた。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
Supported by EnhancedEndorphin

自主企画『ダム・キーパー』の初心は「絶対に完成させる」

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):2014年に公開された監督作『ダム・キーパー』は、ピクサーでの休暇中に進められた自主制作のプロジェクトだったそうですが、制作はどのように進められたのでしょうか?

堤大介(以下、堤)ピクサーのスタッフは大きな作品が終わると、よく長期の休暇をとります。僕も三ヶ月ほど休暇をとり、最初はその期間のなかで『ダム・キーパー』を作ろうと思っていたのですが、ポストプロダクションを含めると9ヶ月、プロダクション自体は6~7ヶ月ぐらいかかりましたね。この話を最初にロバート(Robert Kondo/共同監督)に持っていったのは、休暇に入る1年前のことでした。当時はまだ二人とも『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013)のアートディレクターをしていた頃で、一番忙しい時期に時間を見つけてはアイデアを出し合ってはストーリーボードを描いていました。そうして自分たちとしてはストーリーを完成させてはみたのですが、妻や周りの人に見せたところ「意味がわからない」と言われたりして、そこでまたゼロから作り直すといったことを4回程繰り返し、5本目にしてようやく現在の『ダム・キーパー』のお話になりました。僕らは仕事としてはお話作りに関わったことがなかったので、すごく手探り状態でしたね。

野口:そこまでこだわられたのは、どうしてだったのでしょうか?

堤:ストーリーの書き直しに関しては、単に何も知らなかったので、やり直し続けました。僕らにとってこのプロジェクトをやろうと思った一番のテーマは、自分たちの成長にありました。ただ、休暇をとるときが制作期間でしたので、それに間に合いさえすれば、ですが。制作のスタートを遅らせることだけは考えてませんでした。それは最初まずロバートと決めたのは約束事が「絶対に終わらせる」ということだったからです。

野口:成長という意味では完成させることが一番ですよね。

堤:そうですね。僕もロバートも、クリエイターは皆そうだと思いますが、完璧主義者なので恥ずかしい物は見せられないと言って、作り終わらないというパターンがほとんどです。実際、僕ら以外にもピクサーで自主制作をしていた人は大勢いましたが、完成させたケースは稀です。自主制作作品って終わらせないほうが楽なんです。「いつかもっと良くなる」という言い訳をつねにつけられますから僕らも制作中なんども壁にぶちあたり、「これでは世の中に出せない」と思っても、「絶対に終わらせるって決めたよね」とお互いに確認しあって、やっと完成させたという感じですね。

野口:うかがっていると、堤さんには『スケッチトラベル』(※1)の経験があったからこそ、『ダム・キーパー』にも繋がったという気がしています。

堤:『スケッチトラベル』もそうですし、その前にはピクサーを絡めて「トトロの森保全・チャリティー・オークション」という大々的なプロジェクトを企画したり、なんとなく大勢の人を巻き込んで大きなプロジェクトをしたりするという事をいつも仕事の傍らでしてきました。そのどれも、スタート地点は小さい夢話から始まり、それがどんどん膨らんでいくというパターンがばかりで、『ダム・キーパー』にしても、最終的には僕らがピクサーを辞めるという全く想像していなかった着地をしたわけです。それが当初の目標だったわけではなく、どちらかというと自分たちの成長を自分たち自身に投げかけているうちに、自然とその方向に行ったという感じでしたね。

※1:『スケッチトラベル』
ピクサー入社前の2006年に、フランス人イラストレーターであるジェラルド・ゲルレ氏とともに立ち上げたチャリティー企画。一冊のスケッチブックに各国のアーティストが描き込みつつリレーしていく。4年半をかけて71名が参加し2011年に完成。収益金はすべてNPO団体に寄付されカンボジア、ベトナム、ネパール、スリランカ、ラオスの図書館建設や絵本出版に使われた。フレデリック・バック氏、エリック・ティーメンス氏、松本大洋氏、寺田克也氏、宮﨑駿氏らが参加。

CGアニメーターには“型”を破ってほしい

野口:その後、お二人は独立してトンコハウスを立ち上げて『ムーム』(※2)の制作に入られました。今度はフルタイムで制作に専念できる環境になりましたが。

堤:いえ、実は専念できてなかったのです。僕らが一番のメインプロジェクトとして進めている『ダム・キーパー』の長編映画のプリプロダクションが動いていて、『ムーム』はサイドプロジェクトとして受けた仕事でした。それに『ムーム』の絵コンテを描いている段階でちょうど『ダム・キーパー』がアカデミー賞にノミネートされて、それによる取材やらパーティーやらアカデミー主催のイベントやらで1ヶ月間、まるで他の仕事ができない状態でした。それでも最後は毎日のようにスカイプでスタッフとリビューをし、ボロボロになりましたけれど、完成する事ができました。

※2:『ムーム』
原作は川村元気(作)と益子悠紀(絵)による絵本で、マーザ・アニメーションプラネットら日本人スタッフを中心に制作が進められた短編アニメーション。2016年全世界で公開予定。

野口:『ムーム』はマーザ・アニメーションプラネットさんが制作を担当していますが、これはどんな理由からでしょうか?

堤:長編の『ダム・キーパー』は日本のプロダクションを中心でやりたいという希望がありましたので、それまでに一度、日本のクリエイターたちと制作する経験を積んでおきたかったんです。 そんな折に、十年来の友人である、スティーブンスティーブンの石井朋彦さんから『ムーム』のプロジェクトを打診され、これはやってみる価値があるなと思ったのが理由の一つですね。

野口:実際に作ってみていかがでしたか?

堤:この映画の全ては日本のスタッフの底力のおかげです。色々と難しい状況の中、日本にはCGアニメーションの向上を信じて、それをモチベーションに頑張っている方がたくさんいて、その彼らの成長へのモチベーションがあれば、過酷なスケジュールでも十分クオリティを保つ事ができると思いました。石井さん、川村(元気)さんらプロデューサー陣も含めて、最後はその気持ちが源となって完成に行き着くことができました。みんな、『ムーム』を作ったら次のステップにいけるんじゃないかと信じて頑張ってくれたんだと思います。

野口:そうして今回はじめて日本のプロダクションの制作方法を実感されたかと思いますが、日本とアメリカでプロダクションの仕方にはどのような違いがあるのでしょうか?

堤:マーザさんは海外の監督やクリエイターと制作した経験があったので、僕らにとってはやりやすかったですし、近いものがあるなと感じました。管理も英語で行なっているので、日本語が話せないロバートにとってはすごくやり易いところはあったと思います。ただ、当たり前ですが、いろんなところに違いは沢山ありました。一番わかりやすいのが、アニメーションですが、全体的に日本のアニメスタイルの動画がそのままCGアニメーションの動画として表現しているという印象はありましたね。

野口:それはディズニーからの流れであるフルアニメーションと、リミテッドで誇張した表現をするいわゆる“アニメ”との違いということでしょうか?

堤:フルとリミテッドという部分ではなく、どちらかと言えば、根本的に、アニメーションへの考え方が違うように思えます。簡単に言ってしまうと“演技をさせる”ことと、“動かす”ことの違いがあると感じました。これは日本とアメリカという区分で白黒分けられないところもあると思いますが、どこか「キャラクターのこういう感情を表現するにはこういう動き」という“型”があって、そこに当てはめている人が多かったように思います。僕は日本で育っているので、「そう言えば確かにアニメでそういう表現があったな」と思い出すことはあったのですが、一方でこれはアニメに慣れていない人にとっては通じない事が多い。最初にあがってくる動画をロバートが見て、「演技の意図がわからない」ということが多かったのが印象的でした。観察からくる演技をさせているのか、記号的表現としての動かし方なのかの違いです。僕は、「ショックを受けたら頭に線が出る」といった記号表現も文化としては大好きなのですが、それがマニュアル化しちゃってる傾向があるのかな、と。

野口:アニメーターはもっと自由な発想から表現してもいいはずですよね。

堤:バジェットや時間の問題もあるかもしれませんが、役者としてのこだわりをどこまで出せるか。アニメーターがシーンの意図を理解してキャラクターになりきって表現をして意見を出していくというカルチャーは、日本のプロダクション全体に少ないんじゃないでしょうか。その点で、演技のスペシャリストはアニメーターなのだという意識を植え、参加型のプロダクションを導入することに対する苦労はありました。昔はディズニーでも監督よりもアニメーターの方が有名だった時代もあるくらい、アニメーション映画は、やっぱりアニメーターが華なんです。実写映画の良し悪しを役者さんの演技が決めることがあるように、演技させて命を吹き込むアニメーターの人たちがもっと自覚を持って活発に表現をしてくれてもいいのかなとは思いました。

野口:私が'90年代に海外にいた時、デイリーでプレビューをチェックする際にはスタッフみんなが集まって、意見が言い合える雰囲気がありました。そして最終的にスーパーバイザーが判断していました。日本だと監督からの指示待ちになるという文化が育っているのではないかなという気がします。
また、日本ではアニメーション教育が遅れているのではないかと思いますが、海外はどうでしょうか?

堤:アニメーターであれば映画からくる演技の勉強が必要ですよね。ディズニーのトレーニングプログラムに行くと、そこでは演劇のクラスがあって、かなりしっかりと人前で演技させられるわけです。よく日本人はシャイな性格だから演技が苦手だと言われるのですが、実はアメリカ人にとっても人前で喋ることは非常に怖いんです。でもそこでは演技が大嫌いな人でもやらされるので、要は場数を踏むかどうかなんですよ。絵がすごく上手にならなくてもいいから、演技を通じて観察眼を養うことで気づくことも多いはずです。例えるならば、日記をつける人は誰もが小説家になるわけではありませんが、言葉にすることで普段見ていなかったことに気づいたりする。そういうのが大事なわけですよね。その意味で、CGをやる人でも絶対に演技を勉強した方がいいし、絵も描くべきだと思います。

スタジオ主導の会社と、クリエイター主導の会社の違い

野口:堤さんのキャリアを拝見していて個人的に興味あるのが、ブルースカイ・スタジオ(以下、ブルースカイ)(※3)とピクサーの両方に務めた経験があるところです。創業者であるクリス・ウェッジとジョン・ラセターは同い年でどちらも監督経験者です。

※2:『ブルースカイ・スタジオ』
1987年、ディズニー映画『トロン』のスタッフらによって設立。'97年に20世紀フォックス傘下のVFXスタジオVIFXに買収される。アメリカ大手企業のTVCM制作や映画の特殊効果を行なっていたが、クリス・ウェッジ監督による『バニー』(1998)でアカデミー賞短編アニメーション部門を受賞。代表作に『アイス・エイジ』シリーズ。最新作に『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』がある。

堤:二人はすごく仲良しですよ。そして僕がピクサーに入ったばかりのときにジョンがすぐに僕の名前を覚えてくれたのはクリスのおかげです。ブルースカイでもチャンスを頂けたので、本当に恩義を感じています。

野口:両社の違いはどんなところにあると感じますか?

堤:僕がブルースカイにいたときはすでに20世紀FOXの傘下にあって、FOXというハリウッドの大会社がコントロールしているスタジオだという印象でした。『アイス・エイジ』(2002)のときは、クリスの色が出せた作品だったのですが、『アイス・エイジ』が大ヒットしてからは、ものすごくスタジオ主導の作り方になっていったところはありましたね。

野口:スタジオ主導の作り方というのは?

堤:作り手が何を作りたいかというところがプライオリティになっていない。このくらいの予算でこのくらいの興収を目指して、と決めたら、スタジオの「お偉いさん」がそこを厳しく取り締まります。作家性が出にくいデメリットもありますが、ビジネスの観点から言えば、なんとなく安定した収益を出し続けていけます。一方でピクサーはその真逆で、作り手が絶対に納得するものを作る、お金をかけていいものを作ったら必ず返ってくるという哲学を持っています。これは創業者であるジョンやエド(Edwin Catmull)もそうですが、スティーブ・ジョブズの「下手なものは絶対に出さない」という考えの下にあると思います。だから僕がピクサーに移った時に感じたのは、「こんなにも映画のことだけを考えていればいい会社があるのか」という驚きでした。作りたいものは作り手が決めて、実際に作ることができる環境をピクサーは用意してくれています。それは作り手の実力次第で結果が良くも悪くもなるということを示しています。アメリカではほとんどがスタジオ主導で、そういうところは、「こういう風にすればヒットする」という経験や知識を持っている人たちが揃っているし、いろんな意見を出してきて、それに従えばある程度の結果を出せたりはするんです。ピクサーみたいなところは本当に稀ですね。今、ディズニーはジョンがコントロールしているのでそういう会社になろうとしていますね。

日本のCGアニメーターには自分たちと重なるハングリーさがある

野口:そうした堤さんのキャリアを考えて不思議だったのは、ピクサーでアートディレクターをされていたにもかかわらず、今回どうして手描きで『ダム・キーパー』を作ったのでしょうか?

堤:単純に、自分たちが絵描きだから、できるだけ人の力を借りずにできる手法として用いたのが手描きだったというだけなんです。

野口:全部自分たちで描こうと思っていたんですか?

堤:最初はそれで行けると思っていたんです。まったく甘かったですね(笑)。『スケッチトラベル』のプロモーション映像として1秒2コマぐらいでアニマティクスみたいなものを作っていたので、それができたから二人いれば4コマ、頑張ればもしかしたら8コマくらいいけるんじゃないかと(笑)。

野口:そうすれば日本のアニメと変わらないと(笑)。

堤:でも僕らはアニメーターではないので、動かしてみたら「アニメーションって難しいね……」と(笑)。それで、アニメーションのスペシャリストに来てもらったら、当たり前に上手いわけです。最終的には大勢の人たちに手伝ってもらいました。僕もロバートもノウハウについてはCGアニメーションの方が本来ずっと分かっているわけなのに(笑)。

野口:そこで『ムーム』や長編の『ダム・キーパー』でもCGを選択したと。

堤:CGについて僕は16年間、ロバートは12年間やってきているので、やっぱり僕らが一番力を発揮できるのはCGアニメーションだと思います。一緒に作るクリエイター達にしても、CGアニメーションのトップスタジオでやってきた僕らとCGアニメーションをやりたいと思ってくれるのではないか、という現実的な理由もあります。ただ、僕らがCGでやりたい一番のモチベーションは日本のCGアニメーターにハングリーさを感じたからなんです。アメリカではある時期に急に手描きの需要がなくなって、アニメーターがCG移行してくれたおかげで、きちんとした演技ができるCG表現が生まれていきました。一方で日本は、市場としても手描きアニメが衰退しないままあるので、彼らがCGに移行する理由がないままここまで来てしまった。アメリカをはじめとる世界のCGアニメーションから遅れているという要因はそうした構造にもあります。そうした状況だからこそ、今、日本のCGアニメーターのなかには、手描きのように世界に誇れるレベルにまで持って行きたいと考えているハングリーな若い人がすごく多いと思うんですよ。これはこの5年位、いろんな場所でお話ししたり、会社を訪問した際にすごく感じたことです。僕たちはピクサーで安定した生活やすばらしい環境で仕事をさせてもらいましたが、自分たちの夢をハングリーに求め、今の会社を始めました。日本のクリエーター達はそんな自分たちに重なるところを感じました。

野口:『ダム・キーパー』は非常に描き手の味が出る画面でした。CGにはそうした味を出すのが難しいのかなという懸念も一方ではあると思いますが、その辺はいかがでしょうか。

堤:おっしゃる通り、味というのは出しにくい部分ではあるとは思いますが、不可能ではないと考えています。日本人が手描きで出している絵の味には独特のものがあって、そこにすごく可能性を感じます。だから、僕らは日本のCGアニメでもピクサー的なものでもなく、また別の、新しいものを作るためにプロジェクトを進めなくてはいけないと考えています。そして多少の贔屓もあると思いますが日本人のセンスはやっぱり世界一だと思うので、色々な映像から学ぼうとするチャンスを貪欲に持てば、必ずもっと良いものができると思います。

野口:私は長編の『ダム・キーパー』と宮﨑駿監督の『毛虫のボロ』が何かブレイクスルーをしてくれるような気がしていて、ドキドキしています。

堤:宮﨑さんの作品は確かに気になりますね。たぶんCGをやる人たちに聞けばほとんどの人がそう言うと思います。日本が世界に誇る手書きアニメのようなレベルに日本のCGアニメーションを持っていくのは、きっと時間の問題だと思うんです。そしてひとつでも前例ができれば、あっという間に他もついていくと思うので、誰が先でもいいのでブレイクスルーを見たいですね。最近で言えば白組の『STAND BY ME ドラえもん』(2014)は、アメリカ側から見ても抜きん出たレベルでした。

野口:しかも興行的な成功も収めました。

堤:どこの会社でもひとつ、こういう作品を出せて商売になるということが示せれば、日本人のセンスと勤勉さがあればあっという間に追いついてくると思います。今はインドやシンガポールや中国の作品のレベルがものすごく上がっていますし、コスト勝負では太刀打ちができません。アメリカほどコストを掛けず、でも世界最高のクオリティを作るところが日本のCGアニメーションが世界市場で生き抜くためのキーワードだと僕は信じています。

多彩なクリエイターが集まることで、文化の違いを乗り越える

野口:一方で日本のセルアニメは『もののけ姫』(1997)ですら、アメリカの一般のシアターにかからず、なかなかメジャーな位置にいけないという現実を抱えています。そうしたジレンマはCGになると解消されるのでしょうか?

堤:難しい問題ですね。確かにアメリカでは手描きアニメに対する偏見が多少あるかもしれませんが、現状日本で成功したCGアニメーションがアメリカで売れたわけでもないですし、最終的にはCGだから解消というものはないと思います。
海外でも受ける作品、というトピックは良く話されますが、なかなか難しいですよね。ひとつ僕が思うのは、ディズニーやピクサー作品が本当に多くのいろんな方に観ていただけているのは、やはり作り手の中に多文化カルチャーを内包していることが間接的に影響しているのではないでしょうか。世界的に売れているのは、お話が単純だからだという意見を見ることがありますが、それは間違っていると思います。ピクサーには僕を含め作り手に外国人が大勢いて、いろんな文化的背景を持っている人が集まっています。制作現場が本質的にユニバーサルな切り口でお話を伝えられる環境になっているような気がしますね。

野口:プレビューを見て「これじゃ伝わらない」と言えるかどうかがポイントになる気がします。日本だとほぼ同じものを見て育ってきて価値観が共有されていると思うのですが、そのような状況で「これじゃ伝わらないよ」と言われたら、ドキッとするとは思いますよね。

堤:もちろん、伝わらないことが分かった上で敢えてやってみて、「伝わらないならこれで覚えてもらおう」という手法はあると思います。でも、「伝わるか伝わらないかを分からずにやる」のとでは大きな結果の違いを生むでしょうね。ピクサーでも僕が「これは日本では伝わらないよ」という話をすることが実際にあって、「それでもこれは大事だから入れる」こともあれば、「そうか、それなら変えよう」と変更することもありました。そういう意見自体をすごく大事に考えてくれるわけです。

野口:きちんと議論がなされているわけですね。

堤:たとえば、『インサイド・ヘッド』(2015)はサンフランシスコを舞台にしていますが、ティーンエージャーの難しい感情の起伏を親がどうしていいかわからないという、誰しも理解できるユニバーサルなお話なわけです。国や人種や宗教を超えた、人間のすごく大事なコアの部分がお話の中に入っていれば、表面的にローカルな部分があっても最終的には受け入れられるのではないでしょうか。

リーダーシップ教育と、その“誤解”

野口:最後にお伺いしたかったのはリーダーシップ教育についてです。日本人でも海外でスタッフとして活躍されている方は大勢いますが、スーパーバイザーやリーダーとなる人はまだ少ない状況です。これはリーダー教育というものの有無が関係しているのではないかと思います。ピクサーにはリーダーシップのトレーニングがあって、堤さんはそれを受けられたそうですね?

堤:リーダーシップトレーニングはピクサーだけでなくブルースカイを含めた大抵のスタジオで行なわれていますね。いわゆるリーダーシップをトレーニングする会社があって、そこからトレーナーが派遣されてきます。ピクサーには一人フルタイムで専門の人がいて、僕らのような中堅層が次世代のリーダーとして育成対象になっています。トレーニングを受けるかどうかは任意なのですが、僕は興味があったのでいつも参加していました。

野口:具体的にはどんな教育プログラムだったのでしょうか?

堤:ほとんどは人間勉強でしたね。エゴとか自分の弱い部分は誰にでもあるものなのだから、まず自分のその部分を認めようといったところから始まり、人の話を聞くとか、当たり前のことがいかにできていないかというケーススタディを話していくのが主な内容でした。ここでポイントなのは、リーダーになるということは必ずしも他人よりも秀でる必要があるわけではないということです。あくまでまとめ導く役割ですから。自分にも弱いところがあるのは当たり前で、それをどう克服しながら人を動かしていくかを学んでいきます。

野口:そのプログラムを受けるとリーダーとしてのやり方が違ってくる感じですか?

堤:これは日本の雑誌で読んだのですが、リーダーは育てることができるという考えを、西洋人は持っているようなのです。生まれながらに人を引っ張る能力を持っている人もいるとは思いますが、特にこういうクリエイティブな環境では、人間的な器量ではなく技術的な技量がある人が人の上に立つケースがよくあります。でもそれは大きな落とし穴で、絵が上手く描けても人の上に立てない人は大勢いるでしょう。そういう、人と話をせずに絵を描き続けたいという人でも、リーダーになった場合にはリーダーシップを取れるようにトレーニングをするというのが考え方としてあるわけです。僕みたいに違う文化から来た人間は、なかなか理解されづらいという経験も数多くありました。でもそのなかでどうやって人の心を掴むかという工夫をするわけです。

野口:そういうシステムがあっても日本人のリーダーがなかなか生まれないということは、それを活かしきれていないということなのでしょうか。

堤:やっぱり一番は言語だと思いますが、リーダーにならずに職人に徹することで外国人としてのハンデをカバーするところもあるとは思います。それはそれで同じくらい大変だし大事な仕事の方法だとは思いますが。マネジメントのポジションに外国人、特に日本人が少ないのは、言語の壁に加え、自分が他よりできなきゃいけないという日本社会からくるリーダー像のプレッシャーによるものが大きい気がします。西洋には、たとえばヨーロッパのサッカー監督のように、技術がない人がリーダーとなって実力のある人を動かして、良いリーダーになるケースがありますからね。

野口:そうですね。本日は日本とアメリカの違いもいろいろと勉強になりました。ありがとうございます。長編の『ダム・キーパー』も楽しみにしています。

DAISUKE TSUTUMI
1974年、東京生まれ。高校卒業後Rockland Community Collegeに留学し、イラストレーションのおもしろさに目覚める。その後、ニューヨーク市にあるSchool of Visual Artsに編入、首席で卒業。ルーカス・エンターテイメントに勤務。その後、ブルースカイ・スタジオに移籍し、『アイス・エイジ』(2002)、『ロボッツ』(2005)『ホートン/ふしぎな世界のダレダーレ』(2008)などの作品でコンセプトアートを担当。2006年、『トイ・ストーリー3』のアートディレクターとしてピクサーに移籍。『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013)の制作後、『ダム・キーパー』を制作し、2014年7月ピクサーを退職。共同監督を務めたロバート・コンドウとともに、トンコハウスを創設。最新作の短編『ムーム』は2016年に全世界で公開予定。現在、長編版『ダム・キーパー』を制作中。
http://www.tonkohouse.com/jp/
Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 日詰明嘉
PHOTO : 弘田 充
LOCATION : 東映アニメーション

Backnumber