• 記事を共有する

INTERVIEW インタビュー

日本にフルCG アニメは根付くのか?
識者に聞く、和製3DCG アニメーションの未来

【第03回/2012年5月号】
大口孝之(映像ジャーナリスト)

日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。今回は、映像制作現場出身で立体映画にも造詣の深い、ジャーナリスト大口孝之氏にフルCG映画に対する思いを率直に語ってもらった。

【聞き手:野口光一(東映アニメーション)】
Supported by EnhancedEndorphin

ブランド志向の壁

東映アニメーション/野口光一(以下、野口):今日はよろしくお願いします。僕たちは今、国産の3DCGアニメーションを盛り上げようと、こうした連載に取り組んでいたりするのですが、長年にわたり国内外の3DCG制作をみてきた大口さんとしては近ごろの3DCGアニメーションについてどのようにお考えでしょうか?

大口孝之氏(以下、大口):フルCGについては、まずリアル系と非リアル(デフォルメ)系に大別されますよね。そして、後者についてはシンガポールやインド、中国、韓国といった地域の成長が著しいです。アジア勢と戦っていく上では、まともに戦うとコスト面で分が悪い。何らかの日本独自の強みが必要になってくるわけですが、それが何なのかみんなで模索している状況ではないでしょうか。

野口:僕も制作現場の1人として、その脅威は身にしみて感じています(苦笑)。現在放送中の 『あらしのよるに 〜ひみつのともだち〜』 のように、企画・原作が日本発でも、アニメーション制作はシンガポールの Sparky Animation といったプロジェクトもこれから増えてくると思うのでなおさらですね。

大口:日本独自のCG表現として、よく話題に上るのが、トゥーンシェーディング、特に "輪郭線 " を付けたフルCGアニメーションですよね。

野口:先入観のない子どもはさておき、漫画や作画アニメーションに慣れ親しんだある程度年齢を重ねた人たちは輪郭線がはっきりしたルックを好む傾向にあるのではないかと僕も感じています。

大口:そうですよね。だけど実は、僕個人はそうしたルックの好み以前に根本的な問題があると感じているのです。

野口:と言いますと?

大口:要は、ブランド志向の問題です。アニメに限らず、日本人はその傾向が強いと言われていますが、国産の劇場アニメーションの興収を調べてみるとスタジオ・ジブリの作品だけが突出していますよね。

野口:なるほど。

大口:フルCG作品についても、ピクサー作品以外は、興収10億を超えることは稀です。意地悪な物言いに聞こえるかもしれませんが(苦笑)、具体的な劇場興収としても如実に表れてしまっているので。

野口:うーん(苦笑)。

大口:先日、『映画遺産ぴあ』 というムック企画に参加させて頂きました。その際、後世に遺したいフルCGアニメーションとして、僕は 映画『ヒックとドラゴン』 に一票投じました。すると他の選者さんたちからも票が集まっていたようで、「パラマウント・ピクチャーズ ベスト100」に見事ランクインしていました。年度単位ではなく、映画史上全体でのベスト100ですから大したものだと思います。だけど、日本における一般的な認知度はほとんどありません(※1)。


※1=『ヒックとドラゴン』の日本劇場興収は約554万米ドル(=約4.8億円、Box Office Mojo 調べ)。同年に公開された『借り暮らしのアリエッティ』(スタジオ・ジブリ)は92.5億円、『カールじいさんの空飛ぶ家』(ピクサー)は50億円であった(日本映画製作者連盟発表資料より)

野口:『ヒックとドラゴン』は素晴らしい作品だったので、もっと多くの人に観てもらいたかったですね。

大口:もちろん、ジブリだって最初から大ヒットを飛ばしていたわけではありません。興業面でも成功を収めるようになったのは、4作目の 『魔女の宅急便』(1989) からです(※2)。つまり、ジブリの前身であるトップクラフトが 『風の谷のナウシカ』(1984) を制作してから約5年を費やして、口コミでジワジワと評判が浸透していったことにより、ようやくジブリブランドが確立されました。フルCGでも同様に、良い作品を継続して作ることができればブランドが確立される可能性は大いにあるでしょう。


※2=『魔女の宅急便』は21.5億円で1989年邦画興収1位を獲得(日本映画製作者連盟発表資料より)。それ以前の4作品(トップクラフト制作『風の谷のナウシカ』(1984)を含めて)は10億円未満(5〜8億円前後)であった

野口:そうだとしたら、日本のフルCGの場合、今はようやく表現と技術が両立できるようになってきたところなのかもしれませんね。現状は、CGマニアとか同業者の一部が、その良さを認知しているだけですが、5〜10年後に「あの作品は良かったね」と語り草になる過程というか。

大口:そうかもしれませんね。ちなみに、ひとつの作品に限っても口コミ効果はあります。例えば、『塔の上のラプンツェル』(2011) は、久しぶりのピクサーブランド以外でヒットしたフルCG作品でした(※3)。実は、この作品は、公開第1週よりも2〜4週目の方がスクリーン数も週間興収も好成績を収めました(※4)。こうした事例が増えることを願っています。


※3=興収25.6億円で、2011年の洋画興収第7位(日本映画製作者連盟発表資料より)
※4=公開1週目は370スクリーン&興収約174万米ドルだったのに対して、第2週は412スクリーン&興収約216万米ドル、第3週は531スクリーン&約257万米ドルと拡大公開された(Box Office Mojo 調べ)

実は、世界的にもフルCGアニメはジャンルとして未確立?

大口:フルCGアニメーションを盛り上げるという意味では、"CG を使っていません " を売り文句にする慣習も大きな障害になっています。

野口:そうですね。「CG はコンピュータ主導だから、簡単に作れてしまう」 という誤解は困ったものです。制作現場ではようやく、その誤解が解けつつありますが(苦笑)。

大口:根底にあるのは、アナログの方がデジタルよりも上位だという意識です。ですが、2D アニメーションでも撮影をはじめ制作工程の随所でデジタル技法が定着しています。CGはデジタルだからダメだというのはナンセンスですよ(苦笑)。

野口:作品を宣伝する上で、キャッチコピーは明確かつ簡潔であることが望まれますが、「CGを使っていません」が転じて、「CGはダメ」に陥りがちですよね。

大口:これは私見ですが、『天空の城ラピュタ』 の劇中後半に登場するラピュタ城内をブロックに乗って移動する描写なんかは、3DCG を活用すればさらに良いアニメーションになったのではないかと思っています。要は適材適所であって、作画か CG かではなく、作品が面白くなればどっちでも良いわけですよね。

野口:そうした新しい、面白い表現に挑戦しようという創作姿勢を保つためにも商業的な成功が必要。そして、日本でそれを実践していくにはブランドを確立させることが鍵となるということでしょうか?

大口:ビジネス的にはそうです。これはアニメに限りませんが、日本では企画がプロデューサー主導ではなく監督主導に陥りがち。一概に否定するつもりはないのですが、後者の場合は作家性や表現力が優れていても、完成が大幅に遅れたり、コストが膨らんでしまったり、難解過ぎて観客が置き去りになってしまうということが往々にして起こってしまう。仮にチャレンジングな企画を進めるとした場合でも、商業作品である限りはプロデューサーが相応にプロジェクトをコントロールする必要があります。

野口:そのプロデュースという観点において、フルCG作品ではリアルと非リアルどちらの様式を採用するのか、またそのさじ加減がポイントになるわけですが、海外ではどのような傾向にあるのでしょうか?

大口:それを語る上では、『サンダーバード』(1965) に代表されるジェリー・アンダーソンが製作した一連の スーパーマリオネーション(パペットに特撮処理を施し実写のようなリアリティを演出した人形劇)の変遷が興味深いですよ。野口さんは 『キャプテン・スカーレット』(1967) をご存知ですか?

野口:申し訳ないのですが、よく知りません(苦笑)。

大口:いや、知る人ぞ知るという作品なので無理もないですよ。『キャプテン・スカーレット』は、大ヒット作『サンダーバード』の次に製作されたスーパーマリオネーション作品ですが、5 頭身のサンダーバードに対して、7 頭身で細部の 造形も実際の人間に近づけたデザインの人形が用いられました。

野口:よりリアルな方向が目指されたわけですね。

大口:そうです。しかし、日本ではサッパリ人気が出ず、本国イギリスでもヒット作とはなりませんでした。2005年には『新キャプテン・スカーレット』 というフルCGアニメシリーズも製作されたのですけどね。もっと言うと、ジェリー・アンダーソンはその後、スーパーマリオネーションと生身の俳優を共演させた『ロンドン指令X』(1969)を経て、全編生身の俳優を起用した特撮作品へとシフトしていきました。

野口:それは興味深いですね。リアリティを追求した結果、ライブアクションに行き着いてしまったとでもいうか。

大口:そうなんですよ。僕は、フルCGも似たような試行錯誤を繰り返しているように感じています。例えば、ルーカスフィルム・アニメーションの『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』(2008) はキャラクターデザインとしてもルック的にもリアル度合いのバランスが人形劇に近い気がします。一方で、同じルーカスフィルムの別部門である ILM は、『ランゴ』(2011) で実写VFXのノウハウを活かしたフルCGアニメーションを制作し、第84回アカデミー賞長編アニメ映画賞を獲得しました。

野口:その他にもウェタ・デジタルが 『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(2011) を制作しましたね。

大口:僕はあの作品のことを "初めて不気味の谷を越えたフルCG作品 " であると、高く評価しています。ですが、残念ながら興収面では不調に終わってしまいました(※5)。そうした意味で、最初に話した通り、フルCGの趨勢は何とも言えない状況だと感じています。実のところ、日本に限らず世界的にもフルCGというのは、未成熟な市場なんですよね。1995年(日本は1996年)に世界初のフルCG劇場長編として『トイ・ストーリー』が公開されて以降、長らくピクサーのひとり勝ち状態が続いてきたわけですが、『カンフーパンダ』(2008) の世界的な大ヒット(※6)を機にようやくドリームワークスも世間的に認められつつあるという感じでしょうか。


※5=世界興収約3億7400万米ドル(約295億円)であるが、製作費が1億3500万米ドルと言われているため、宣伝費などを考慮すると採算割れという説もある(Box Office Mojo 調べ)
※6=世界興収約6億3,174万ドル(約647億円)の大ヒット(Box Office Mojo 調べ)。2011年には続編『カンフー・パンダ2』が公開された

輪郭線のルーツは日本ではない?

野口:CGアニメーションのルックについてご意見をお聞きしたいと思います。一般論として、日本人は輪郭線がクリアな平面的(2D)な絵柄が好きだと言われています。それゆえに、日本独自のCGアニメーションを考える上でも、そうした作画ライクなルックを目指す傾向にあるように感じるのですが。

大口:このテーマについては声を大にして言いたいことがあります。いわゆるセルシェーディングを世界で最初に実践したのは何を隠そう僕なんですよ!

野口:え、本当ですか!?

大口:そうですよ、『SF新世紀 レンズマン』(1984) のパイロット版を制作する際に、試しに作ったのです。当時のシステムでは、テクスチャマッピングやフラットシェーディングなどはできませんでした。そこでオブジェクトのアンビエント設定を100%にし、シェーディング・モデルにワイヤーフレームをZバッファ合成して輪郭線を表現するといった、裏技のような処理を組み合わせてセル画風のルックを作り出しました。

野口:いやー、全然知りませんでしたよ。

大口:無理もないですよ。テストの段階でNGになってしまったので公式な記録は残されていませんから(笑)。マッドハウスの丸山さん(正雄氏、当時のマッドハウス代表取締役社長)に見せたところ、「セルと同じなら手で描けるよ(CGのありがたみがない)」と言われてしまいました。現在では、CGと作画を馴染ませることに四苦八苦しているわけですから皮肉なものですよね(苦笑)。ちなみに商業作品で最初にセルシェーディングを導入したのは 『ライオンキング』(1994) だと言われています。ヌーの大群を描いたカットですね。

野口:ところが、その後ディズニーもトゥーンシェーディングは止めてしまいました。欧米ではフルCGが主流になっていくにつれて、輪郭線を用いた表現は少なくなり、そうした表現は日本勢ばかりが追求していると言っても過言ではありませんね。

大口:日本人が輪郭線が明確でフラットな絵柄を好む根底には、間違いなく漫画はモノクロが主流ということがあると考えています。アメコミやバンドデシネはカラーが大前提でモノクロであることはまずありませんから。ただ、こうした絵柄のルーツを調べていく過程で、段々と「はたして日本が発祥なのか?」という新たな疑問も湧いてきました。

野口:と言いますと?

大口:2008年に 釜山国際映画祭 で立体映画史に関する講演させていただく機会がありました。その時に、話の導入部に、現代美術家の村上 隆さんの意見にヒントを得て、日本の浮世絵や『ポケットモンスター』などを例として、「日本人はフラットな絵柄を好むのか?」という話をしました。ですが、韓国の人たちにはピンとこなかったようでした。

野口:それは、韓国の人たちが浮世絵や日本のアニメ作品を知らなかったということですか?

大口:そうではなく、"その概念 " 自体が理解してもらえなかったのです。例えば、アメリカ人に同様の話をすると「あ〜、なるほど」とすんなり理解してもらえるのですが、東アジアの人たちからすると美術のルーツは 中国→韓国→日本 という具合に、大陸から日本に伝播していったと考えられているため、浮世絵は日本独自の絵画表現といっても通じない。日本人は自分たちの真似をしているだけだとしか思わないのです。

野口:それは盲点でした。

大口:僕もその時に初めて気づかされました。その後、浮世絵の一種である、線遠近法を採り入れた浮絵(うきえ)のことを調べていたら、実際に中国にルーツと言える版画があることも知りました。本当によく似ていますよ。これでは真似たと言われても文句が言えません(苦笑)。

大口:浮世絵に付随する話としては、ジャポニスム に対する誤解も挙げられます。僕たちは、浮世絵に代表されるフラットな絵柄は日本独自の表現様式であり、フランスをはじめヨーロッパで高く評価されている、といった話を半ば刷り込み的に受け容れてしまっていますよね。だけど、実はジャポニスムって、19世紀中頃から半世紀ほどのほんの一時期のムーブメントに過ぎません。20世紀に入って、中国美術がヨーロピアンにも知られるようになると、一気に冷めていきました。同様のことが、“ANIME(日本国内でのみジャパニメーションと呼ばれているもの)” に対しても言えます。日本の漫画やアニメは欧米で多くの支持を集めていると言われている。確かに、高く評価してくれる人たちもいるでしょうし、確かなマーケットが存在するのですが、その実数は決してマスではありません。

野口:それは危ない! 海外でも売れていると思っていたけど、実は段々とブームが下火になってきているかもしれない。そして現状としては、日本国内では確かに輪郭線&フラットな絵柄は受け容れられる要素だと思うのですが、そこにあまり拘泥しすぎると、CG本来の持ち味を見失って足下を掬われてしまう恐れは大いにあると。耳年増になる必要はないけれども、プロデューサーの身としては、国内外の市場動向なども的確に把握していきたいと思います。

ヒットの鍵は、ミラーニューロン?

野口:刷り込みというか、誤った固定観念というものは実に悩ましいですよね。

大口:その通りです。最近では、立体視(S3D)に対してそうした危惧を抱いています。

野口:どういったことでしょうか?

大口:S3D ブームは、1950年代、1980年代、そして2008年から現在まで続く今回と、これまでに 3 度ありました。そして、過去 2 回はおおよそ 4 年で収束してしまいました。「だから、今回のS3Dブームもそろそろ潮時だろう」という風潮があるのですが、立体映像評論家である僕としては「過去の過ちを繰り返すな!」と断固として言いたいのです。

野口:なるほど。

大口:例えば、2011年の国内興収をみてみると、邦画はトップ10にランクインし た全作品が 2D版 のみの公開でしたが、洋画はトップ5のうち4作品が S3D 版も 公開した作品です。邦画と洋画を合わせた総合興収でみてもトップ3はすべて S3D 版も公開した作品です。総合第2位の 『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』 は、確かに 2D 版の方が動員数が多かったのですが、第1位の 『ハリーポッターと死の秘宝 PART2』、総合6位の 『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』 はS3D 版の方が動員数で勝っています(日本映画製作者連盟発表資料より)。つまり、良質な S3D 作品は、しっかりと観客の支持を集めているわけで、2012年は『アベンジャーズ』に代表されるように、むしろ3.5次ブームと言える新たな盛り上がり傾向すら感じています。

野口:確かに、ニュースなどをみていると個々の作品の出来映えではなく、総数で判断しがちです。

大口:また、"S3D で観ないと意味がない作品" というものも存在します。『ヒューゴの不思議な発明』 はその典型でしょう。しかし、そういった作品を S3D で観たいとお客さんが思っても、2D で上映している劇場の方が多いという深刻な問題もあります。さらには、導入コストや建物の構造的な問題などで、具体的な名前を出すのは控えますが S3D 上映方式としては難ありのシステムを導入している劇場も少なくありません。

野口:そうした事情を知らずに、S3D はクオリティが悪いと結論づけてしまうのは不幸ですね。何か打開策はあるのでしょうか?

大口:これは 雨宮慶太監督 からの受け売りですが、現行の料金体系とは逆に S3D 版よりも 2D 版の料金を高く設定するという案があります。特にファミリー向け作品で有効ではないでしょうか。要は、ヴァーチャル・プリント・フィー(※7)と真逆の発想ですね。S3D 版を観てもらう上で、お客さんに専用メガネをかけてもらうという "負担を強いる" わけですから、決して荒唐無稽な考えではありません。


※7=DLPをはじめとするデジタルシネマ上映設備を劇場に導入するための費用を配給と興業で分担する金融スキーム。頭文字をとってVPFと略記されることが多い。DLP導入の初期コストを抑えることができるが、小規模な作品や上映館にとっては、アナログフィルム時代よりも高コストになってしまうという問題も指摘されている

野口:なるほど。確かに、新しいメディアを育てるのであれば、観客が選択しやすい条件を提示していくべきですよね。では、CGアニメーションの制作者としてはどのように取り組んでいけばよいと思われますか?

大口:S3D とフル CG の双方に共通して言えることですが、“本当に面白い作品”を作りさえすれば、観客は立体視とか、フルCGといったことを意識せずとも素直に楽しんでくれるはず。先ほども話題に出した『塔の上のラプンツェル』は、その好例。プロアマを問わず、あの作品を語る上で、そうした技術面の良し悪しは二の次で、「面白かった」とか「感動した」といった言葉が先にくるはずですよ。もちろん、時間が経った今では色々と評論することは可能です。例えば、「ラプンツェルのキャラクターデザインがリアル調だったら、同じように感動できただろうか?」とかね。

野口:先達に学びながら、そうした試行錯誤を行なっていくことこそが、僕たち制作者の役目でもありますね。

大口:それと、フルCGやS3Dの企画を考える場合、どうしても技法や表現に意識がいきがちですが、シナリオがちゃんとしていない限りは、絶対に成功しません 。これは過去の失敗事例をみても明らかです。繰り返しになりますが、S3Dで観てもらうにあたり専用メガネをかけてもらうとか、2D 版よりも高い料金で観ていただくといった追加の負担を強いるのであれば、それをどこでリカバーするかといったら、"クオリティ" しかありませんよね。

野口:肝に銘じておきます。その他にもアドバイスはございますか?

大口:これは、僕が大学で講義をする際に必ず話すことですが、デジタルになればなるほど、人は感動しなくなる という現象が確かに見受けられるのです。

野口:そう言われてしまうと、身も蓋もないのですが(苦笑)。

大口:(笑)。その原因について考えていて、これは脳細胞の中に存在する ミラーニューロン という神経細胞が関係しているのではないかと思いました。ミラーニューロンは、いわゆる共感細胞で、相手の行動に対して自分が共感する作用があります。例えば、盲目のピアニストの素晴らしい演奏を目の当たりにすると、多くの人は感動するでしょう。演奏力はもちろんのこと、鍵盤が見えないのに彼がその位置を正確に把握している、つまり大変な努力をしてきたのだ......といったことを、直感的に理解するわけですね。もし、これがコンピュータによる自動演奏だったら恐らく感動しませんよね?

野口:ネイチャードキュメンタリーに対する感動に近いですね。ちゃんと現地へ撮りに行っているから、捉えた映像のクオリティだけでなく、その努力を理解して感動するというか。

大口:3DCG をはじめとしたデジタル表現はそこに込められた苦労が伝わりづらい。ハイディテールなモデリングといったことは同業者には伝わりますが、そうした理屈を超えた制作者の熱意が浮き出るような表現であれば、たとえデジタルであっても必ず観客のミラーニューロンを刺激するはずです。

野口:なるほど、今日はたくさんのとても興味深いお話を聞かせていただき勉強になりました。 ありがとうございました。

大口孝之:TAKAYUKI OGUCHI
1959年岐阜市生まれ。映像ジャーナリスト。日本エフェクトセンターにてオプチカル技師、日本初のCGプロダクションJCGLにてディレクターなどのキャリアを経て、CG、特撮映画、大型映像、博物館・博覧会の展示、テーマパーク、テレビ科学番組などの企画・演出・評論等の活動を多角的に行なう。代表作は、EXPO'90富士通パビリオン『ユニバース2~太陽の響~』。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(エミー賞受賞)など。立体映像(S3D)に関する造詣の深さでも知られている。2009年に、「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」(フィルムアート社) を出版。
Supported by Enhanced Endorphin
INTERVIEWER : 野口光一(東映アニメーション)
EDIT : 沼倉有人(CGWORLD)http://cgworld.jp
PHOTO : 弘田 充
LOCATION : 10°CAFÉ
〒171-0033 東京都豊島区高田 3-12-8
TEL 03-6912-6109
営業時間 11:00~24:00
全席、電源&Wi-Fi有り
定休日 毎月第二日曜日
http://judecafe.com/

Backnumber