日本におけるフルCGアニメーション制作への理解と振興を目指す本連載。今回登場する語り手は、映画監督のさとうけいいち氏だ。アニメのみならず、実写特撮の制作経験も豊富なさとう氏は、初のアニメ監督作品である『鴉 -KARAS-』(2005〜2007)を皮切りに、『TIGER & BUNNY』(2011)や、『アシュラ』(2012)など、CGと作画をたくみに融合させたアニメ作品を制作してきた。現在は初のフルCGアニメ監督作品となる『聖闘士星矢 SAINT SEIYA(仮)』の制作に注力するさとう氏に、3DCG表現の可能性やその演出メソッドを語ってもらった。
聞き手:野口光一(東映アニメーション)
アニメだけでなく、特撮も手がけてきた
東映アニメーション/野口光一(以下、野口):言うまでも無く、日本の2Dアニメは多くのファンに支持されています。その一方、フルCGアニメは思うような結果が出ていない場合が多い。本連載では様々な有識者にインタビューしながら、その原因を探っています。さとうさんは、これまでにCGと作画を融合させたアニメを複数監督しており、今現在はフルCGアニメ『聖闘士星矢(以下、星矢)』の監督に挑戦していらっしゃいますよね。さとうさんがフルCGアニメの可能性をどう捉えているのか、今日はじっくり伺いたいと思っています。
さとうけいいち(以下、さとう):私の場合はアニメだけでなく、特撮(実写)も手がけてきました。最近は特撮でもCGを使う場合が多いですが、今日はアニメを中心にお話した方が良いでしょうかね?
野口:そうですね。でもアニメやCGの話をする前に、さとうさんのこれまでのキャリアについて伺いたいです。『TIGER & BUNNY』や『アシュラ』の監督としてのさとうさんの記事は多数拝見したのですが、さとうさん自身を時間軸で追った記事は見つからなかったもので。
さとう:そうした話をする機会がほとんどなかったですからね。そもそも、学生の頃は音楽のビデオクリップのディレクターを目指していて。ちょうどMTV(Music Television)が日本に入ってきた頃で、『Bridgestone Sound Highway ベストヒットUSA』(1981〜1989)などの影響を一番受けた世代でした。こういう仕事をしたいって思っていたはずなのですが、まちがってお笑いの世界に入っちゃった。
野口:いったい、どうして(笑)?
さとう:当時、漫才ブームがあって、エンターテインメントとしてのお笑いに興味を惹かれたんですね。四国の香川県出身なのですが、お笑いのメッカ、大阪に近かったのもあって、飛び込んでしまった(笑)。 でも相方だった学生時代からの友達が置き手紙を残していなくなっちゃって(苦笑)。「俺は、何やってるんだろうな」って思いましたね。そうこうするうちにテレビ局の収録スタジオに入って、バラエティ番組の技術スタッフになりました。その後は刑事アクションもののTVドラマの制作なんかにも関わりましたね。
野口:芸人からTV番組のスタッフになって、まずは実写を経験したわけですね。アニメに関わり始めたのはいつ頃ですか?
さとう:同じくらいの時期ですね。東京での同居人がアニメーションスタジオに勤めていて、彼を訪ねて来たアニメーターの湖川友謙さん(※1)との出会いがきっかけでした。たまたま机の上に置いてあった落書きを湖川さんが見て、「興味があるなら1ヶ月だけでも良いから手伝わないか?」って誘ってくださって。結局3ヶ月手伝わせてもらったその間に、見よう見まねで描き方を覚えました。本来アニメーターは最初に動画をやり、その後で原画に進むのですが、僕は動画をあまり経験していないんですよ。丁度その頃は、ある程度描けそうな人間には「描けるなら原画をやれ」って流れがあって、早々に原画を描くようになりました。TVアニメだけでなく、劇場作品など、色々やらせてもらいましたね。
※1:アニメーターの湖川友謙さん
さとう氏と出会った1980年代当時、湖川氏は『伝説巨神イデオン』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』といった富野由悠季監督のTVアニメ作品でキャラクターデザインを手がけていた。
野口:その頃からアニメ業界と縁があるわけですね。特撮に関わり始めたのも同じくらいの時期ですか?
さとう:特撮はもっと後です。1990年代に入ってからは、TVCMや音楽業界の仕事が多かったですね。裏方の技術やセットデザインをやっていました。TVCMのキャラクターデザインなんかもやりましたよ。音楽関係だと、かなりメジャーなアーティストのビデオクリップを少しお手伝いさせてもらいました。特撮の仕事を始めたのは2000年代に入ってからで、『百獣戦隊ガオレンジャー』(2001〜2002)、『忍風戦隊ハリケンジャー』(2002〜2003)、『爆竜戦隊アバレンジャー』(2003〜2004)、『ウルトラマンマックス』(2005〜2006)などのキャラクターデザインをやりました。
野口:それでついには『非公認戦隊アキバレンジャー』(2012)のキャラクターもデザインしたと(笑)。
さとう:そうそう。良い感じにオチが付きました(笑)。かつての特撮番組はミニチュアを使っていましたが、最近は3DCGに置き換わることが多くなっていますよね。センターに配置されるキャラクターであっても、3DCGが使われている。一方でTVアニメのキャラクターはというと、まだまだ3DCGで表現されるケースは少ないですね。
野口:ロボットやメカは3DCGで表現される場合が多くなっていますけれどね。さとうさんが2000年代中盤に『鴉 -KARAS-』のキャラクター表現で3DCGを使った(※2)のは、当時としては画期的だったと思います。3DCGの制作費が高い時代に、CGキャラクターを表現するという、多くの人が避けてきたことをやってくれました。
※2:『鴉 -KARAS-』のキャラクター表現でCGを使った同作では、鎧を着用した一部のキャラクターが3DCGで表現された。
さとう:メカやロボットを3DCGにしたり、画面の奥行きをカメラマップ(※3)で表現したりといった使い方は既に導入されていましたが、命をもつもの、画面のセンターに配置され、自分で考えて動くキャラクターに3DCGを使ったのは新しい試みだったと自負しています。顔も含めて全身が鎧で覆われている、つまりフェイシャルアニメーションが不必要なキャラクターであれば、3DCGにすることで楽になる部分もあるだろうと思ったのです。加えて、2Dよりも3Dのキャラクターの方が、マーチャンダイズ展開の際に立体化しやすいだろうという計算もありました。
※3:カメラマップ
平面の絵を貼り付けた板状のモデルデータを仮想の3次元空間内に複数配置し、その空間内を仮想のカメラで撮影する方法。画面の手前から奥方向へのカメラ移動も可能なので、従来のセルアニメでは困難だった奥行きを表現する際に多用されている。
野口:当時の企画では、玩具などでのマーチャンダイズ展開は必須でしたからね。今ならライトノベルやカードゲームなど、色々な手段がありますけれど。『鴉 -KARAS-』では照明を暗くして、キャラクターをシルエットで見せる演出をなさっていましたね。あの表現は印象に残っています。
さとう:アニメで3DCGを使う場合、当時もセル画調のレンダリングをする作品が多かったのですが、それはあえて、やめようと考えました。3DCGと作画を馴染ませることに力を入れるのではなく、昔の時代劇みたいに見えないようにすれば良いという、逆転の発想をしたのです。撮影環境が良くなって最近の時代劇は見やすくなりましたけど、わびさびが減ったように感じるし、全部を説明的に見せる必要はないだろうとも思います。特撮でも、日本ではメインの被写体と背景の両方に対して均等にライトを当てる場合が多いのですが、僕はあまり好きではないんです。意味のあるところにだけライトを当てて、見えない部分は視聴者に想像してもらえば良い。
野口:ハリウッドのSF映画などでは、そういう見せ方をしている場合が多いですよね。
さとう:『鴉 -KARAS-』の3DCGキャラクターの場合は、眼を光らせるとか、ポイントだけを残して他はシルエットで見せる作風にした方が勝算あるなと思ったんです。さらに実写でやってきた、スモークを焚いてバックライトを当てるといった演出をすれば、キャラクターに色気が出てきますしね。全てを馴染ませるのではなく、3DCGと作画のハイブリッド表現の面白さを追求する自分のような変わり者が、今後はもっと増えるだろうと思っていたんですけどね。
野口:例えば、押井 守監督の『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008)も作画と3DCGの質感を切り離して表現していましたね。ただ、今は3DCGと作画を違和感なく馴染ませる表現が主流になっているように感じます。
作画でも3DCGでも、つくり手はフットワークの軽さが重要
野口:『TIGER & BUNNY』のOPでも、ヒーロースーツを身に纏った3DCGの主人公キャラクター(※4)にバックライトを当てて、眼やスーツの一部だけを光らせる印象的なカットがありましたよね。でも本作の場合は、明るい照明でキャラクターをはっきり見せるカットも多かった。方針転換の裏には、どんな考えがあったのでしょうか?
※4:3DCGの主人公キャラクター
『鴉 -KARAS-』と同じように、『TIGER & BUNNY』でも全身を覆うスーツを着用した一部のキャラクターが3DCGで表現された。
さとう:『鴉 -KARAS-』はどちらかというとマニア向けの作品で、キッズをターゲットにした作品ではありませんでした。でも『TIGER & BUNNY』は当初よりキッズも含め、多くの層に観てほしいと考えてました。『TIGER & BUNNY』を企画していたのはリーマン・ショックが起こった後で、世の中に暗いムードが満ちていた。現実社会の暗さを反映させたような企画が増えるだろうと予想できたので、あえて華やかで芸能的な作品にしようと思ったんです。そこで3DCGキャラクターはセル画調にせず、光るパーツを増やしてメタリックな表現にしました。昔はいかにもCGっぽいメタリックな表現は避けてきましたが、こんな時代だからこそ、視聴者にキラキラしたものを見てほしいなと。センターのキャラクターに光を当てて、影のエッジはパッキリと表現するのではなく、ぼかしてもらいました。ぼかしの幅が広すぎると気持ち悪くなるので、調度良いギリギリの幅をサンジゲンさんと一緒に探りましたね。影をパッキリ落とすとパカ(※5)が起こりやすくなるので、それを避ける効果もあったんですよ。
※5:パカ
コマごとの線の太さや色のちがいから、映像がチラついて見える現象のこと。
野口:『鴉 -KARAS-』と『TIGER & BUNNY』は3DCGのキャラクターと作画のキャラクターを混在させるという点では共通していましたが、表現や演出の方向性はまったくちがったわけですね。
さとう:『TIGER & BUNNY』の企画を立てる際には、センターのキャラクターを3DCGで表現する意味を『鴉 -KARAS-』のとき以上に考えましたね。『鴉 -KARAS-』の時代は3DCGでキャラクターを表現すること自体がチャレンジでした。でも『TIGER & BUNNY』で同じことをするだけでは、もはや意味がないなと。それで、キャラクターのスーツにプロダクトプレイスメントとしてスポンサーロゴを貼り付けるというアイデアを思いついたんですよ。2Dで貼っていくとなると難しいけど、3Dならロゴが崩れることはない。スポンサーに雇われているサラリーマンのヒーローが、スポンサーのロゴを貼り付けたスーツを着て戦うという設定を前面に押し出せば、CGを使う意味が出る。単純なデコレーション目的のロゴではなく、モータースポーツやサッカーのように実在する企業のロゴを貼り付けたヒーローが活躍するという企画であれば、周囲の納得を得やすいだろうと考えたのです。
野口:確かにロゴの表現は3Dの方が簡単でしょうが、3DCGのキャラクターに演技をさせるとなると苦労は多かったはず。『TIGER & BUNNY』のCGキャラクターは、リミテッドではなくフルモーション主体だったそうですが、どんな理由があったのでしょうか?
さとう:2コマ打ちや3コマ打ち中心にすることも可能でしたが、僕が求める動きではなかった。『TIGER & BUNNY』の場合は、クイックに動く方が気持ち良いと思ったのです。加えて派手なパーツの付いたキャラクターが多かったので、コマを抜きすぎるとパカが発生するという問題もありました。でも作画の方までフルコマにすると馬鹿みたいに枚数が必要になるから、現実的ではない。だから作画の枚数を合わせるのではなく、見栄のポーズを3DCGと作画で共有させることに気を配りましたね。仮面ライダーの変身前と変身後のポーズが共通していれば同じキャラクターに見えるという、特撮の演出と同じ感覚ですよ。ハンサムなキャラクターは変身しても格好良いポーズだし、オジサンのキャラクターは変身しても力の抜けた前屈みのポーズでなきゃいけない(笑)。
野口:枚数がちがっても、止まった時のポーズが共通していれば同じキャラクターに見えるわけですね。では続いて、今年9月に公開された劇場アニメーション長編『アシュラ』の演出についても聞かせていただけますか? この作品の場合は全てのキャラクターが3DCGで、背景の大半は作画、しかも両方の質感を馴染ませるという完全なハイブリッドでしたよね。
さとう:『アシュラ』の場合は私に監督の打診がきた時点で、映像の一部は完成していました。企画段階から自分でつくってきた、それ以前の作品とはスタート地点が大きくちがいました。既に別の人の手で具材が用意されていて、それを使って調理をしてくださいとお願いされたわけですから。とは言え相手が予想しているテイストの、さらに先を表現してみせないとダメだという思いはありましたね。
野口:確かに他の人では、あのテイストは出せなかったでしょう。今の時代に取り組むべきテーマであり、それを表現できるテイストだったと思います。
さとう:『アシュラ』のキャストの方々から「東映アニメがつくって良かったね」と言われたのは光栄でした。アニメ業界を長年リードしてきた東映アニメが、このテーマを選び、興業までやってのけた。流石は東映アニメだと褒めていただけた。その評価はしっかり受け止めるべきだと思いましたね。海外の映画祭でも人種の壁を越えて共感してくれる方々がいましたし、万人ではないけれど、様々な人たちに球を投げ込めたと感じています。
野口:『アシュラ』では光の使い方が非常に上手いと感じました。カメラのレンズに干渉する光や、キャラクターの眼の光など、作画だと難しい表現を成し得ていた。さとうさんには3DCGが合っているんじゃないかと思いました。実写の特撮なら表現できたけど、作画のアニメではやりたくても成し得なかったジレンマが3DCGを使うことで解消できたのではないでしょうか?
さとう:作画のアニメであっても立体的に見える表現を選択するのが僕の芸風なので、そういう側面はあったと思います。私が監督を引き受けた時点では、「作画に見えるように」というのが『アシュラ』のコンセプトでした。でも3DCGを作画であるかのように見せるのは辛いと思ったのです。そうではなく、カメラとキャラクター、キャラクターと背景の間に距離があるかのように見せた方が良いだろうと提案しました。例えば横長の背景を撮影する場合、ほとんどのアニメでは横から光を入れるだけですが、あえてカメラのレンズに干渉しているような光を表現したりね。馬がカメラの前を走るなら、跳ね上がった泥をレンズに付けてほしい。フェイクなんだけどドキュメンタリー感を出したかったから、生っぽく泥臭い演出をしましたね。
野口:そうやってさとうさん流の演出をしていくうちに、画のコンセプトが変化していったわけですね。
さとう:そういう演出を嫌がる人もいますが、私は実写と同じ感覚でカメラ割りをしていきます。セリフを使わず、カメラを縦移動させてぐぅ〜っとキャラクターに寄せて感情を表現するとかね。現場の若いCGスタッフは「横移動用の素材しかないから無理です」って戸惑うのだけど、カメラマップにして、カメラをギリギリまでキャラクターに寄せつつ、段階的に背景をぼかしていけば違和感はないんですよ。そういう画づくりができたのは実写の経験があったからでしょうね。『アシュラ』のスタッフは若い人が多かったので、「どんな結果になるか想像できないけど、監督が言うならやってみましょう」と、どんどん実践してくれたのでやりやすかったです。なまじ経験があると専門用語で戦ってこようとしますから(笑)。
野口:素直さは美徳だと(笑)。
さとう:そう、重要だと思います。まずは私の言っていることを紐解いて理解してもらって、どうやったら実現できるかを考えてほしい。キャラクターの感情をあぶり出すためには、カメラをどう動かすのが効果的かという考えが先にくるべきで、技術的に可能かどうかを考えるのは二の次なんですよ。作画でもCGでも、つくり手はフットワークの軽さが重要だと思います。修正が発生したときに、どうやってのりきるか。若いCGのスタッフは、のりきれない人が多いんですよ。レンダリングしてみて、ようやく気付く問題点だってあるんです。なのに「後戻りできません」ってサクッと答えちゃう。「おいおい、映画を観に来るお客さんは1,800円も払って観てくれるんだぞ。戻るべきだろう?」って思うときもありますよ。ごめんなさいね、やんちゃすぎて(笑)。
野口:3DCGなんだから、作画よりもやり直せる可能性は高いはず。「できません」と即答する前に、改善策を考えてほしいと(笑)。
さとう:どうしても、CGのスタッフは正面突破を考えがちなんですよ。3Dだけでつくりきることに捕らわれて、まったくその領域から出てくれないことがある。例えば今つくっている『星矢』の場合、エフェクトの量が凄く多い。すべてのエフェクト表現を3Dありきで考えるのではなく、平面の素材を組み合わせることで立体的に見せる方法を私の方から提案していますね。そういう経験を通して「あの監督は、あのとき、上手く見せて逃げきったな」ってことを学んでくれれば良いなと思っています。どうやってつくったかなんて視聴者は気にしないので、全てを3Dでつくることに一生懸命になる必要はないんですよ。
もっと大胆に顔を崩して、感情を表現するべき
野口:さとうさんはアニメの演出をする場合でも実写の経験を下敷きにしていらっしゃるのだと、ここまでのお話で理解できました。そこでお聞きしたいのですが、実写、作画アニメ、フルCGアニメで、あえて演出方法を変えることはありますか?
さとう:演出方法はまったくちがいますね。例えばフルCGアニメのコンテ割りは、作画アニメの絵コンテを描く感覚とは随分ちがいます。3DCGの場合、3D空間にキャラクターを配置してカメラで撮影しながらレイアウトを考えていきます。このプロセスはむしろ実写のカメラ割りに近いですよね。
野口:なるほど。
さとう:一方で、3DCGキャラクターの芝居のテンポは実写の役者よりも速い方が良い。もしも舞台役者の演技をモーションキャプチャで収録して3DCGキャラクターに当てはめるなら、いつもの感覚よりも速いテンポで演じてもらった方が良いでしょうね。舞台役者の演技は溜めが長くなりがちで、ここ最近のハリウッド映画のテンポに慣れた視聴者にはじれったく感じるんですよ。特に3DCGの場合、視聴者は役者ではなくキャラクターが演じていると思って観るので、実写以上にテンポの良さを期待します。実写よりもワンカットの尺を短めにして、飽きさせずに見せることを意識した方が良いと思います。
野口:視聴者が心地良いと感じる映像のテンポは確実に速くなっていますからね。同じハリウッドのアクション映画でも、昔の作品のテンポはもっとゆっくりだった。
さとう:時代が変われば、人の好みも変わっていきますからね。それから今回『星矢』をつくっていく中で、3DCGのキャラクターであってもカメラテストはやるべきだと改めて感じています。キャラクターのモデリングが完了したら、クロースアップでの撮影にどの程度耐えられる顔なのか、じっくりと見極める期間を設けた方が良い。実写の場合でも、この女優を、この角度から、このレンズで撮影すると愛せないルックに映ってしまうってことがあるんですよ。3DCGのキャラクターであっても、本格的な制作を始める前に実態を把握しておくべきだと思います。
野口:Tポーズで立たせて回転させるだけではダメだと。
さとう:そうそう。Tポーズ自体にも問題があって、手を下ろしてみないと腕が短すぎることに気付かないといったことがありますよね(笑)。それから顔のモデリングに関して、もうひとつ気になっていることが。アニメの主人公たちって、どれもこれもイケメンだったり可愛かったりするじゃないですか。僕なんかはね、ちょっと三枚目の脇にいるキャラクターの方が愛せたりするんですよ。オッサンの泣きの表情で魅せようとしたときに、そのモデルの顔が残念な出来映えで「何でだ!?」と、思うことがある。センターに来る主人公たちのモデリングは力を入れてもらえるけど、脇役は後回しにされてしまうことが多い。脇だから適当でいいやって、逃げるんですよ。でもそういう脇役キャラの方が、子供から大人まで幅広い層に愛されて、観る人たちの気持ちをつないでくれると思うんです。
野口:つくる側はメインのキャラクターにばかり注目してしまうけど、実は脇のキャラクターの方が物語のキーマンだったりするのですけどね。
さとう:特に独身の子たちはメインのキャラクターにばかり注目しがち。家庭をもっている連中や人生の悲哀を知っている連中は、僕と同じように脇のキャラクターを愛してくれる(笑)。だから極力、そういう人にチェックしてもらうようにしています。
野口:つまりスタッフを編成する際には、年齢層を偏らせないといったバランス調整も必要なのでしょうか?
さとう:アニメをつくる上で、バランス感覚は大切だと思いますよ。オッサンが見て萌えるエッセンスと、子供が見て可愛いと思えるエッセンスはちがいますから。オッサン向けのサービスはちょっとで良い(笑)。どうすれば子供たちがときめくかを探ることに力を入れるべきでしょうし。
野口:3DCGだろうと作画だろうと、視聴者を意識したバランス感覚の重要性は変わりませんよね。
さとう:そう。変わらずに重要なことも沢山あります。3DCGでも作画でもね、キャラクターを表現する際に一番前面に押し出して見せるべきなのは眼だと思っています。例えば実写でアイドルを撮影する場合、眼にハイライトを入れると急激にアイドルっぽくなるじゃないですか? 眼力が増して、心をもっていかれる感じがする。時代劇でも決めのカットではカン! と眼を見開いて強調しますよね。この魅せ方はアニメでも同じで、昔の『聖闘士星矢』(1986〜1989)で荒木伸吾さん(※6)の絵に人気が集まったのも、眼をガッツリ描き込んであったからだと思います。
※6:荒木伸吾さん
『聖闘士星矢』のキャラクターデザインや作画監督を務めたアニメーター。端正かつ繊細な絵柄や、美しいアクションシーンの作画で人気を集めた。
野口:3DCGのキャラクターは、ときにフィギュアっぽく見えますが、眼に光を入れると命が宿ったように感じますよね。一方でピクサーの場合は、眼に加えて眉も効果的に使って表情を付けているようにみえます。この点についてはどう思われますか?
さとう:確かに眉も動かした方が良いですね。日本では眉間を使った演技をつけないアニメーターが多いけど、もっと思いきって動かしてよって思うことがあります。ピクサーのキャラクターは、眼にハイライトを入れない場合が多いですよね。あっても凄く小さい。このちがいは面白いなと思って、『Mr.インクレディブル』(2004)や『レミーのおいしいレストラン』(2007)はじっくり観ました。ピクサーのキャラクターは、眉と眼の動きで表情をつけている場合が多いんですよ。さらにね、口の使い方や立ち方も大事だなと思います。
野口:確かに。
さとう:『TIGER & BUNNY』の演出では、2人の主人公のうち、特にタイガーの演技は『トイ・ストーリー』(1995)のウッディとバズみたいにやって良いよって、指導していました。相方のバニーが喋っているのを聞いているカットでは、口を半開きにして、だらしない立ち方にしてもらったんです。普通に口を閉じて姿勢良く立たせると彫刻のように見えるし、つまらないなって思いました。ちょっとだらしないくらいの方が、視聴者は安心するはずなのです。
野口:でも、せっかく格好良くつくったキャラクターの顔や姿勢を大胆に崩すのは勇気が必要ですよね。
さとう:怖がって崩せない人は多いですね。キャラクターがリアルになってイケメンになるほど、顔を崩したくないと思ってしまう。でもキャラクターが大胆に感情を吐露するシーンであれば、グシャグシャに顔を崩しても良いんじゃないでしょうか。例えば『パイレーツ・オブ・カリビアン』(2003)のジョニー・デップは凄く表情豊かですよね。あのくらい眉間にシワを寄せても構わないんですよ。
野口:作画アニメの場合、女の子の眼が点になったりバッテンになったりしますよね。同様のことをCGのキャラクターでもやってみれば良いのでしょうか?
さとう:そのくらいの思いきりが必要でしょうね。崩すことやデフォルメを怖がっていたら、3DCGアニメは何年経っても今の段階から先に進めないと思います。ただ、例えばキャラクターの眼を点にするなら、全身の動きもピタッと止めた方が良いでしょう。眼が静止しているのに身体だけ揺れ続けていると、お面を付けているみたいで気持ち悪い。ここぞという時にはカッと止める。そんなスタイルをCGでも実践すれば良いのではないでしょうか。
野口:『星矢』の制作が終わったら、もう1度お話を伺いたいですね。今以上に実践的な意見が出てきそうで楽しみです。
さとう:『星矢』でも常にCGと作画のちがいを意識しながら奮闘しています。皆さんの予想を超える映像をつくれるよう、まだまだ頑張りますので、期待していてください。
さとうけいいち:
Keiichi Sato
香川県出身の映画監督。1980年代中頃から、TV番組の美術スタッフやアニメーターとして活動。1990年代以降はTVCMや特撮番組にも活動の幅を広げ、キャラクターデザインやメカニックデザインも担当。主な監督作品はNTT東日本TVCM 『ガッチャマン』(2000)、『鴉 -KARAS-』(2005〜2007)、『TIGER & BUNNY』(2011)、『アシュラ』(2012)。現在は『聖闘士星矢 SAINT SEIYA(仮)』で日夜奮闘中。
聞き手: | 野口光一(東映アニメーション) |
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構成: | 尾形美幸(EduCat) 沼倉有人(CGWORLD) http://cgworld.jp/regular/jcg/ |
写真: | 弘田 充 |
撮影場所: | CHEZ VOUS シェ・ヴー (大泉学園) 東京都練馬区東大泉2-7-1 ホームズ横山'60 TEL : 03-3978-7838 |